茶漬けです、どもです

クランで起きる様々な問題
その1つ1つを自分が解決するべき問題として受け止める
他人事だと済ませられない性格だと自覚はしていた

このクランにきてそれを当事者意識というものだと知る
私にとっては当たり前にあるもの、、だったから


当事者意識が高いこと


ものごとには表と裏、両方がある
それは受け止める側によって変わるもの
良い面ばかりではないし「世話好き」と「おせっかい」のように
度を過ぎれば生きにくさにつながっていく


そうなったのはいつからだろう…

 
小さい頃は少し複雑だった

私は5人家族で幼少期を過ごした
本当なら4人家族
そこにいとこを加えた5人での生活
3人兄弟の真ん中のように育った
子ども心に親元を離れて暮らすいとこの手前
なんとなく親に甘えてはいけないような気持ちがどこかにあった

日曜日の朝は3人兄弟でサンドイッチかホットドックを作る
それを5人で食べる
それが教育方針


気づけばいつの間にかその生活にも区切りがついていた


中学に入って貰ったお祝いが目覚まし時計
それをもってお弁当は自分で作るようにと言われた


自分で弁当を作る
勉強はするな



家のルールはそれだけ
冷蔵庫のものは好きなだけ使ってよいという
料理なんて自分1人ではしたことがなかった、そんなの無理だよ
なぜうちの学校は給食じゃないんだ!
そう何度も思った


母はそれから手を貸さなかった、一度も


私は覚悟した


そして家で勉強していると怒られた
だから、親から見えないところで勉強した

手をかけないという精一杯の手のかけ方


自立させるには任せるのが一番手っ取り早いのだ
大人になったから母の思いは理解できるけど
友達のお弁当を見ているだけで羨ましすぎて涙が出そうだった、美味しそうで…

目が覚めて寝坊なら弁当を作る時間などない
自分で起きるしかない
頼れるのは目覚まし時計と自分
とにかく作るしかなかった

ある日、油が飛んで火傷した
赤くなった左手に冷やしタオルを巻いて学校に行った

家はとても貧乏だった

その日食べていけないようなものではなかったけど
上の私はその頃から働くのが当たり前だと思い始めていた(他にも背景はあるのだけど…)
高校に行ったらバイトが出来る!
自由になるお金をとにかく貯めることしか頭になかった
早く親を楽にさせてあげたいとかそんなカッコいいものじゃない
そう思うのは自然なことだった


学校以外はバイトしかなかった
夏のバイトのお昼は素うどん、まかない価格一杯90円
これで1日動く

掛け持ちのバイトは支配人からの連絡で決まる
私は殆ど断らなかった
電話をかける側からすると確率の高いバイトから狙うはず
そう思っていた

先を想定して動く見通しを立てる力


自分がやらなければ自分が困る経験を積んでくると
当事者意識は高くなる
振り切れるくらい頭が壊れた親に育てられるとそうなる
いじわるをしたくてじゃないことくらいはわかる
全ては自立のため


リーダーのみずさんもおそらく支えるクランにしたいのは
こういうことなんじゃないかと思う
違うかもしれないけど


ときに、私はものすごく甘やかすし甘えることがある
両極端すぎる自分がいることもわかっている

子どもに同じことができるかと聞かれると
親の私のほうが待つことをできないと思う
そこまで徹底はできない


多分それは反動


このクランに入って出会えた人はラッキーだと思う
学生さんは特に社会に出たとき
クラクラというゲームでした経験が生きてくることがきっとあるよ


最後まで読んでくれてありがとうございます
今日もハッピーにクラクラを